東京鉄道局長暴行事件

下山事件で検索していると、次のページが見つかった。
終戦直後、朝鮮人が日本人にしたこと。(具体例)


この中に、昭和21年に下山定則が東京鉄道局長のとき、三国人から暴行を受けた話が出ている。
しかし事実誤認と思われる点が二つある。
一つは、睾丸破裂など半死半生にはなってはおらず、怪我はしたけれど急所を蹴られたように装って難を逃れることができたということ。
もう一つは、仮に重傷を負ったとしても、三年後の下山事件司法解剖の結果には影響を与えることはない筈。
(このことは、東鉄局長時代の暴行事件に書いてある)


「下山総裁の追憶」(1951年、下山定則氏記念事業会)から、この事件の最初の部分だけ引用しておく。

終戦後一年位たつた時で東鉄が本省の五階で事務を執つていた頃、日本から引き揚げていく台湾の人達が乗車する客車に給水が出来ていないということで、東京駅でいろいろと揉み合つた末、責任者は誰か、東鉄局長だろうということになり十数名の代表者が怒鳴り込んできた。